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フランスのエクリチュール
2022/11/08
東京藝術大学に入学するための勉強は、もっぱら和声と対位法でした。私の場合は「総合和声」を中心に理論を学びながら、Henri ChallanやPaul Fauchet、Auguste Chapuisといった20世紀に活躍した和声の大家達の課題をこなしていく、といったものでした。入試にあたっては、100個以上の課題を暗譜して書き起こせるような状態だったと思います。入試の和声課題もほとんど知っている和声の組み合わせといった形で実施することができました。
当時は1次試験が和声、2次試験がフーガ、3次試験が自由作曲という形でしたが、フーガに関しては勉強の時間が足りず、急ピッチでとりあえず1曲だけ仕上げて入試自体は運任せ、といった方針でしたが、そのおかげもあってかフーガに関しては全く苦労した思い出もなく、純粋に大好きなままでいることができたのは幸運だったかもしれません。とはいえ、勉強量としてはかなり不安は残っていましたけれども。
そんなわけで、Challanの「380 Basses et Chants Donnés」や、「24 Leçons d'Harmonie」に代表されるような、和声や形式をシンプルな形に取り出し、音の組み合わせを楽しむ4声体こそがエクリチュールにおける和声だと思っていました。
このエクリチュールに関しては結構熱中したもので、パリ国立高等音楽院の入試もおそらくエクリチュールなら突破できるだろうという楽観的な思いで勉強をしていたのですが、この時点ですでに少し様子が異なっており、バッハ・モーツァルト・シューベルト・シューマンのスタイルによる、ヴァイオリンとピアノの二重奏曲や弦楽四重奏を書く練習となり、なかなか慣れずに苦労することになりました。
もちろん4声体の知識は役に立ちましたが、それ以上に作曲家のスタイルを勉強する必要があり、Challanの時に感じていたような「音の組み合わせを楽しむ」というものは、この時にはあまり感じることができませんでした。今になって思えば、Challanの和声もかなり作曲家のスタイルに沿ったものだったのですが・・・。
そして、パリ国立高等音楽院に入学して、1年目に和声を修めました。私の年は、「シューベルト」「ワーグナー」「ドビュッシー・ラヴェル・カプレ」の3つのスタイルが課題でした。どう考えてもドビュッシーとラヴェルとカプレは全く異なるスタイルのように思いますが、20世紀初頭フランス音楽という意味ですね。
このように作曲家に沿ったスタイルを勉強していくと、「総合和声」あるいは3巻からなる通称「藝大和声」で習ってきた和声も全く違った見え方になります。たとえば、よく見るII度の最適配置ですが、あれはモーツァルトやハイドンなど、ウィーン古典派のスタイルではたびたび登場するものの、音楽史的に見るとかなり少数派なことがわかります。
この響きを聞いたら、ウィーン古典派だなあ、と感じますよね。
バッハがII度を使うときは、多くの場合五六の和音、すなわち七の和音の第一転回形になっています。これはルネッサンス音楽の名残だと思われますが、そのような音楽史的に和声を考えるという視点を持てたことはフランスで和声を学んだ中で、最も大切なものだったように思います。
もちろん、ChallanやFauchetを中心とした20世紀のフランス和声の美しさが色あせるわけではありません。むしろ、緻密で完成度の高い4声体の書法が前提にあって、初めて様々な角度から和声を眺めることができるようになるものだと思います。